シンクロ・ペアの感想、ちょっと点が辛すぎ? とすこし反省してたが、うちのマーマも「あまりにも金メダル、金メダルって言いすぎ。息苦しいから見なかったワ」って言ってた。
さらに、ロシア・チームのコーチいわく。「日本チームは去年のほうがよかった。いまの日本はどこをめざしてるのか解らない」・・ちょっと自信ついたぜ、私(笑)
 
日本チーム、シンクロ団体フリー『サムライ・イン・アテネ』。
曲はいい。テンポといい、シャキーン! ていういかにも刃物っぽい効果音といい、かけ声といい、理屈ぬきで血がさわぐ。中盤、高野山の僧の読経の声も、みょうに本能に訴えてくる。きりりとした動きは曲に合ってたし、ペアより、ずっといい出来。
なのに、なぜ好きになれない? 録画、何回か見直した。そして、判った。
 
なにがヤダって、日本チームの演技は、ことごとく「外国人から見た日本文化」でしかないからだよ。たとえば黒澤映画に出てるときの三船敏郎の侍じゃなく、せいぜいハリウッド西部劇に出てるときの、ミフーネのサムラーイ、ってノリでしかない印象。
アナウンサーが「刀のふれあう感じを脚技で表現」て言ってたけど、どこがそれなのか、何回みても判んない。たしかに刃物のイメージこそあるけど、日本刀のイメージではない。
サムライや、日本刀を感じさせるのは、音楽と、水に入る前のプールサイドの演技だけ。演技そのものは、きれいな動きだけど、ちょっとイメージ湧かんなあ・・。
 
しかもだ。時代劇ファンとして、力こめて言わせていただくが。
プールサイドでの演技、刀の鍔に手をかけ、鯉口を切るあたりまではいい。形が決まってて、本格的で、美しい。専門家の指導があったな、と思わせる。
だけど、かんじんの刀をぬくしぐさが・・大幻滅☆☆
あんなにふわっと軽やかに抜いてしまっては、刀の重さが、感じられないよ。あれじゃフェンシングの剣みたいだ。もっとこう、ぐっと腰を落とし、思い入れたっぷりに、すらりと抜きはなってくれなくては。時代劇なら、いちばんおいしい場面じゃないか。
なんだか、いっこくも早く水に入って演技したい一心であわてて抜いてるようにさえ見えた。でも他をカットしてでも、こういうとこだけはじっくり見せてくれなきゃ、納得できんぞ〜!
こういう、日本人なら子どものころから自然と刷りこまれてるイメージに、訴えてくる演技じゃないんだ、つまり。俗っぽくても、ありきたりでも、いいんだよ。それは時代モノの長所でもあるんだから。一ヵ所でも徹底的に判りやすく、それらしいイメージ盛りこんであれば、ぐっと説得力ちがってたのに。
たとえば、ジャッジ席から見て、2人の人間が交差して見えるように跳び、「斬りむすぶ」イメージのリフトを入れてみるとか。イタリア・チームの演技の終盤で、こんなかんじの2人リフトがあったから、やれば出来るはず。
日本文化がテーマなのに、かんじんの日本人を説得できず、むしろ反発買っててどうする。あんまり外国人審判に媚びるな! って腹立たしくなった。同国人が納得する、感動するものが作れたら、おのずと外国人にも、素晴しさは伝わる。そう思うけどな。
たぶん、日本人にとって、侍ってイメージは、特別に神聖なものなんだよ。外国人になんか判ってたまるか、と思ってる。だからこういうテーマを扱うなら、もっと性根を据えて、魂をゆさぶるようなものを目指さなきゃいけなかった。そうでなかったら、かるがるしく扱っていいテーマじゃ、なかったんだよ。
いっそ、サムライってテーマでさえなければ、ただの歯切れのいい爽快な演技として、心から拍手できたのに・・。おみこしとか、そういうテーマの方がよかったんじゃないの? ほんと、そう思う。表現するだけの実力はある。だから、よけい腹立たしい。
けっきょく日本チームの演技で最もよかったのは、団体テクニカルの「阿波踊り」だったな。曲と、演技と、衣装が、いちばん無理なくバランス取れてた。
けっこう長くなったんで、この話題、いったん仕切り直し。日本以外のチームについては、次回、また。