追悼マイケル・ジャクソン-5 そして最後はやはりビリー・ジーン

マイケル死すの一報を聞いて、いちばん見たくなったMTVは、『セイ・セイ・セイ』と『ビリー・ジーン』だった。
『セイ・セイ・セイ』は西部開拓時代、P・マッカートニーとのカラミが楽しくて、大好きだった。マイケルもいちばん楽しげだったMTVだし。
でも、今見たらミンストレル・ショー(ピエロみたいな扮装で踊る)シーンが、やや引っかかる。ミンストレル・ショーって明らかに黒人をからかった内容が多かったはずだからね。マイケル、内心どんな気分で、あのシーンを演じてたのか・・。
 
『ビリー・ジーン』は英国人が撮ったMTVだそうで、そのせいか、他のどのMTVともイメージがちがう。
『スリラー』『BAD』『BEAT IT』『スムース・クリミナル』『ブラック&ホワイト』、どれ見ても必ず群舞が入ってるのに、『ビリー・ジーン』だけはたしか、終始、マイケル独りで踊ってた。マイケルの、等身大の孤独さが出てて、あれはよかった。曲の内容も、背伸びして大人ぶってる男の子の唄だし。
マイケルの声の魅力は、もちろん高音も素晴らしいけど、じつは中くらいの高さの音にあると思うのね。ちょうど、この曲の歌い出しぐらいの高さの音。抑え気味の情緒も、なんともいえん。期待感でドキドキする。
  
マイケルが史上初の“ムーン・ウォーク”を披露したのも、たしか、この曲だったはず。(MTVの中に、ムーン・ウォークのシーンはなかったと思うが)
 
マイケルの追悼コンサートなんか見てると、いかにマイケルが同業者から愛されてたか、大事にされてたか判る。
才能があって、名声があって、財産があって、広大なお屋敷があって、家族があって、妻がいて、子どもがいて。
愛娘の、けんめいに気持をこらえての追悼スピーチ、素晴らしかったじゃないですか。あれほど愛されて。
なのにマイケルを思い出すとき、かれ独特の、あのどうしようもない孤独さって、いったい何だったんだろう?
 
『ビリー・ジーン』は今にして思えば、いちばんマイケルらしい曲だった・・。曲そのものも、MTVも。