追悼マイケル・ジャクソン-3 BADは壮大な失敗作。(前)

MTV『スリラー』は、チープなイメージに徹したことで、歌とダンスの素晴らしさが活きた傑作になった。チープだっただけに、越せないハードルには見えなかった。
で、マイケルはたっぷり資金と才能をつぎこみ、『BAD』でそれを越えようとした。その結果、壮大な失敗作を作っちゃった。
映像・演技・歌唱・振付、どれも水準以上なのに、きっぱり失敗作ってのも珍しい。それをもマイケル伝説の一部と呼んでいいもんかどうか?
 
で、なにが『BAD』を壮大な失敗作にしちゃったかというと・・
 
誤算その1.監督選びの失敗。
『スリラー』のJ・ランディスに対し、『BAD』はM・スコセッシ。この人はマイケルの大才能とまっこう勝負する人だったみたいね。
だから、これって、いつ、どこからMTVになるんだ?と不安になるほど、前半のモノクロ映像部分が長い。それがまた困っちゃうほど魅力的な映像で、もういいや、いっそこのまま短編映画として見ていたい、とまぢ思い始める。
そのころになって、とつじょモノクロ画面がカラーになり、後半MTVに突入。このタイミングが唐突で、前半とまるっきり水と油。前半の映像、後半の歌とダンス、両方とも素晴らしい出来なだけに、よけい見ててつらいぞ☆
スコセッシみたいな人とまっこう勝負して、力でねじふせられると思ってたとしたら、マイケルもどうかしてるよ。マイケルの才能に、素直にかしずく監督を選ぶべきだった。
 
誤算その2.遊びごころの喪失。
よりハイレベルな歌があり、歌唱力があり、ダンスがあれば、より感動の度合も大きいはずだと、マイケルは思いこんでたのではないか?その結果、『スリラー』や『セイ・セイ・セイ』のような、楽しさあふれる遊びごころを失ってしまった。
 
じっさい『スリラー』より『BAD』の方がまさってる部分もある。
マイケルの歌唱力は、明らかに上がった。演技力も上がってる。昔なじみの悪友に誘われて「Leave me alone(放っといてくれ)!」と拒むシーン、初めて色っぽいと思った。マイケルのダンスや歌はシャープすぎ、見事すぎて、色っぽいなんて感じるヒマなかったんだけど。
お顔の手直しも若干入り、美貌も増量(当社比)って感じだし。
なんで?なんで『BAD』はもっとウケない、評価されないんだ?と、たぶんマイケルは不思議に思い、ショックだったんではないか。トラウマになったかもね。
 
誤算その3.群舞の魅力不足。
『BAD』はマイケルが歌とダンスをそうとう頑張ってるし、バックダンサーもソロの部分は凄いと思うけど・・
かんじんの群舞の、振付のアイディア、まとまり、完成度は『スリラー』や『Beat it』の方が上なんだよなあ。メイク、衣装も含めて。
『スリラー』や『Beat it』の群舞は、ほんの一部だけでも振付おぼえて、いっしょに踊り出したくなる魅力があった。なぜ『BAD』にはそれがないんだろう?
 
でも、『BAD』いちばんの問題点は、じつはもっと根本的な点にある。
つまり・・そもそもの「テーマ選びの失敗」。
 
(すんまそん、時間切れ。後編につづく)